ラーニングアナリティクスのはじめ方⑥教育ダッシュボード:学習行動を可視化する (Edtech#14)
エビデンスに基づいた学習環境の改善を行うことで、学習効果を最大化させ、教育の負担を最小化させる ために重要な位置づけとされる「ラーニングアナリティクス」。
一連の記事ではラーニングアナリティクスをどのように始めるかの手順をお話したうえで、前回は 学習行動データを LRS に保存する というお話をしました。
今回は学習行動データの「可視化」についてお話します。
【 目次 】
- これまでの内容
- 蓄積したデータの有効活用
- データを可視化することのメリット
- 国や地方公共団体のデータ活用
- 教育環境の管理者のデータ活用
- 教員のデータ活用
- 学生のデータ活用
- 可視化によってデータを民主化する
- 教育ダッシュボードとは
これまでの内容
ラーニングアナリティクス環境を構築する手順として、以下のような流れでお話しています。
① プランを立てる
② チームを作る
③ 教材やツールをまとめる( LTI )
④ 学習行動データを標準化する( xAPI )
⑤ 横断的な学習行動データを蓄積する( LRS )
⑥ 学習行動を可視化する(教育ダッシュボード) ←今回はココ
⑦ データの利活用を促進する( UI 設計)
⑧ 外部の教材と連携する( DeepLink )
ここまでで横断的な学習行動データを取得し、蓄積する方法についてご説明しましたが、今回はそのデータをより有効に活用するための「可視化」ついて解説します。
蓄積したデータの有効活用
前回までの記事で、 学習行動データを国際的な技術標準で蓄積する 段階まで解説しました。
具体的には、「 LTI でまとめた教材やツールでの学習行動データを xAPI 形式で LRS に保存する」という、ラーニングアナリティクスのための環境構築の、一通りの手順についてです。
これがゴールのように見えますが、ご存じのようにシステムというものは完成してゴールではありません。
最も重要なのは、これまでの工程で蓄積できるようになったデータを、いかに有効活用するかという部分です。
確かにデータを蓄積した時点で、システムや統計の知識がある方であれば、 LRS 内に蓄積したデータを取得し、学生の学習行動を分析することができます。
しかし、これではラーニングアナリティクスの恩恵を、管理権限を持った限られた人しか享受することができません。
せっかくここまでの環境を整えたのであれば、そのデータを是非最大限に活用していただきたいと思います。
システムや統計の知識がないユーザーでも学習行動データを活用できる優れた手段が、今回お話する「可視化」です。
データを可視化することのメリット
集まったデータをグラフ等で可視化して、誰にでもわかりやすい形で教育ダッシュボードなどで共有すれば、データ活用の裾野が飛躍的に広がります。
シンプルに、データを活用できる人数が飛躍的に増えるということです。
まずは学習行動データを活用できそうな人を分類してみましょう。
大枠としては以下のような4つの階層に分けることができます。
①国や地方公共団体
②教育環境の管理者
③教員
④学生
「学生」から「学生の保護者」に広げたり、教員から TA に広げたりすることもできますが、まずはシンプルな階層分類としました。
それぞれ、どのようなデータ活用が考えられるでしょうか。
国や地方公共団体のデータ活用
文部科学省の「教育データの利活用に関する有識者会議」では、各学校に蓄積された学習行動データを国や地方公共団体で集め、教育の改善に役立てるプランが記されています。
また同じく文部科学省の「教育データの利活用について」という資料では、
①データの標準化
を行い
②スタディログ(学習履歴)利活用環境の整備
を実現し、
③データによる学習分析(ラーニングアナリティクス)
を行うことで、「教育ビッグデータを活用した個別最適な学びの実現」を図るという、まさにここまでお話してきたことが「全体像」として明確に示されています。
ただし、国や地方公共団体であればシステム・統計の知識があるので、当記事の主旨である「可視化」をしなくても分析が可能かもしれません。
教育環境の管理者のデータ活用
ラーニングアナリティクスを推進する教育環境の管理者も、アクセスできるのは学内のデータに限られますが、国や地方公共団体と同様、データによる学習分析を行うことで、教育の改善(学習効果を最大化させ、教育の負担を最小化させる)に役立てることができます。
ただし、教育環境の管理者であれば、システムや統計の知見を持っている可能性が高く、こちらも当記事の主旨である「可視化」をしなくても分析が可能というユーザーが多いかもしれません。
教員のデータ活用
現場の教員が、学習行動データをもとに学生の学習行動を把握し、カリキュラムやファシリテーションの改善に活かすことができます。
また現場では全体のビッグデータだけでなく、学習状況を個別に確認し、学習進捗に遅れのある学生をサポートすることや、逆に進行が早い学生に、より応用的なプログラムを提供することもできるでしょう。
ただし、一般の教員は学習行動データベースに直接アクセスする権限を持たないことが多く、またすべての教員がシステムや統計学の知見を持っているわけではありません。
多くの教員が学生の学習行動を把握できるようにするためには、学習行動をグラフなどで可視化し、「教育ダッシュボード」などで共有する必要があるでしょう。
学生のデータ活用
学生は自分の学習計画を立てて、計画通りに学習が進んでいるかをデータで確認したり、自分の学習行動と他の学生の学習行動を比較したりすることで、学習パターンを改善するなど、自己調整しながら学習をすすめること(*自己調整学習)に活用できます。
とはいえ学生は通常、データベースにアクセスする権限も持ちませんし、システムや統計の知見があるとも限りませんので、グラフなどで可視化し、「ダッシュボード」などで共有する必要があるでしょう。
※自己調整学習とは
学習行動履歴に伴う自己調整学習については、文部科学省のサイトでわかりやすく説明されていますので引用します。
学習履歴(スタディ・ログ)、生活・健康面の記録(ライフログ)等、児童生徒に関する様々なデータを可視化し、学習方法等を提案するツールなど、新たな情報手段の活用も考えられますが、そのような新たな情報手段の活用も含め、児童生徒が自らの状態を様々なデータも活用しながら把握し、自らに合った学習の進め方を考えることができるよう、教師による指導を工夫していくことが重要です。
(文部科学省:育成を目指す資質・能力と個別最適な学び・協働的な学び)
文部科学省の説明では「児童生徒が自らの状態を様々なデータも活用しながら把握し、自らに合った学習の進め方を考えることができるよう、教師による指導を工夫していくことが重要」としていますが、高等教育以降などある程度の年齢になれば、学生が自らデータ活用できる範囲が広がります。
可視化によってデータを民主化する
ここまでお話してきたように、 LRS にデータを蓄積するだけでなく、それを可視化して教育ダッシュボードなどで共有することで、より多くのユーザーがデータを活用して、学習の改善に活かすことができるようになります。
国や地方公共団体・学習環境の管理者だけではデータを利用する人の数に限りがあります。
しかしデータをグラフなどで可視化して、誰でも閲覧できるように「民主化」することで、教員や学生のデータ活用が促進され、学習行動データの利活用が大幅に拡大されるのです。
教育ダッシュボードとは
データを可視化し、民主化する「場」として主に利用されるのが、これまでのお話にも度々出てきました「教育ダッシュボード」です。
教育ダッシュボードについて説明するにあたって、ちょうど具体的な事例がありますのでご紹介します。
東京都教育委員会では、 都立学校における「教育ダッシュボード」の利用開始について という内容を2024年1月に公表しました。
このたび、1月22日(月曜日)より、TOKYOデジタルリーディングハイスクール指定校(TOKYO教育DX推進校)19校において、一部のデータ(学習データ)を表示するダッシュボードの利用を開始しますので、お知らせします。
2024年1月22日より、一部の都立高校で、教育ダッシュボードの利用が開始されるということです。
ここで「ダッシュボードとは」について説明されています。
「ダッシュボード」とは
「学習データ」(授業における端末の利用状況等)や「校務データ」(成績・出欠席等)などの「教育データ」を集約・可視化し、分析等を行う教員用のシステムです。
教員の経験に加えて、データに基づく指導を実現することで、子供たち一人ひとりの力を最大限伸ばしていくことを目的としています。
ここではダッシュボードが「教員用のシステム」とされていますので、「学習データ」に加えて「校務データ」も可視化すると述べられています。「校務データ」は今回の記事内容と違う領域なので取り上げませんが、教員向けのダッシュボードには「校務データ」も重要な要素となります。
また、東京都教育委員会におけるダッシュボードの目的が「教員の経験に加えて、データに基づく指導を実現する」ということですので、「教員が学生を指導する」ために活用するというダッシュボードの一側面について説明しています。
下の図はその活用イメージです。
東京都の事例は教員向けのダッシュボードのみですが、学生向けのダッシュボードも十分に利用価値があります。
今回の記事では学生の「自己調整学習」へのデータ活用も想定に入れていますので、学生にも「学習データ」を可視化するところまで広げてお話ししました。
データ民主化の対象を学生まで広げるかどうかで、データを活用できる人の数が大幅に変わるからです(※学生が閲覧できるデータは個人を特定できないようにする必要があります)。
今回は教育ダッシュボードをベースに、蓄積したデータを可視化し、民主化することの重要性についてお話ししました。
それでは実際に、どのようなデータをどのように可視化すれば、学習行動データが有効活用されるのでしょうか。
そこには UI設計(ユーザーインターフェイス設計)に関するノウハウが必要となりますので、次回の記事で解説したいと思います。
スパイスワークスでは多くのラーニングアナリティクスプロジェクトに、コンサルティング、研究支援、システム開発、サーバー設定、UIデザインなど、全般的に携わってきました。ご興味やご不明点があればお気軽にご相談ください。
【出典・参考文献】
・文部科学省:教育データの利活用に関する有識者会議(第1回)会議資料:教育データの利活用に向けて(京都大学 学術情報メディアセンター 緒方広明)
・文部科学省:教育データの利活用について
・文部科学省 : 育成を目指す資質・能力と個別最適な学び・協働的な学び / ① 個別最適な学び(児童生徒が自己調整しながら学習を進めていくことができるよう指導することの重要性)
・東京都教育委員会:都立学校における「教育ダッシュボード」の利用開始について