ラーニングアナリティクスのはじめ方⑤ LRS:横断的な学習行動データを蓄積する (Edtech#13)
エビデンスに基づいた学習環境の改善を行うことで、学習効果を最大化させ、教育の負担を最小化させるために重要な位置づけとされるラーニングアナリティクス。
前回は、学習行動データを xAPI 形式に標準化するというお話をしました。
今回はその学習行動データを保存する方法についてお話します。
【 目次 】
これまでの内容
ラーニングアナリティクス環境を構築する手順として、以下のような流れでお話しています。
① プランを立てる
② チームを作る
③ 教材やツールをまとめる( LTI )
④ 学習行動データを標準化する( xAPI )
⑤ 横断的な学習行動データを蓄積する( LRS ) ←今回はココ
⑥ 学習行動を可視化する(教育ダッシュボード)
⑦ データの利活用を促進する( UI 設計)
⑧ 外部の教材と連携する( DeepLink )
ここまでで横断的な学習行動データを取得する方法についてご説明しましたが、今回はそのデータを蓄積する手段である「 LRS 」について解説します。
LRS にデータを蓄積する
学習行動データを蓄積するにあたり、今回の記事で解説するのが、LRS です。
LRS は「 Learning Record Store 」の頭文字で、直訳すると「学習履歴の記憶装置」。学習履歴を格納するデータベースのことを指します。
文部科学省の「教育データの利活用に関する有識者会議(第1回)会議資料」でも、「教育データの収集・分析」方法として、「 LRS でデータを一括管理」する方法が記されています「教育データの利活用に向けて(京都大学 学術情報メディアセンター 緒方広明)」。
この資料「教育データの利活用に向けて」という部分には
LMSのLTI機能で他のツールと連携して,xAPI形式でLRSにログを出力
と記載されています。
「LMSのLTI機能で他のツールと連携」という部分は前々回の記事(#90 ラーニングアナリティクスのはじめ方③ LTI:教材やツールをまとめる)でご説明しました。
「xAPI形式で」の部分は前回の記事(#91 ラーニングアナリティクスのはじめ方④ xAPI:学習行動データを標準化する)の内容となります。
今回の記事では「LRSにログを出力」の部分についてお話したいと思います。
文部科学省が「 LTI, xAPI, LRS 」の方向で教育のDX化を進める方針なのであれば、国内の学校やそこにアプリケーションを提供するサービスは、その標準に合わせることが重要です。そうすることで、文部科学省のCBT(Computer Based Testing)システムである MEXCBT (国や地方自治体等の公的機関等が作成した問題を活用し、オンライン上で学習やアセスメントができる)と連携できるなど、学校の垣根を超えて様々なツールを活用し、教育の負担を軽減することが可能となるからです。
もちろん独自の方法論でデータベースを構築することも可能です。とはいえ将来的な拡張性を考えると、学習履歴の記憶装置として標準とされている LRS が、日本国内においては優先的な選択肢と言えるでしょう。
学習履歴を格納するデータベースサービス
学習履歴を格納するデータベース の代表的なオープンソースには、「 Learning Locker 」や「 OpenLRW 」があります。
Learning Locker と OpenLRW の違いは、準拠している形式の違いです。
Learning Locker は ADL (Advanced Distributed Learning) Initiative の xAPI に準拠しており、 OpenLRW は 1EdTech ( 旧 IMS GLC ) の Caliper Analytics に準拠しています。
前回 xAPI の記事でもご紹介したように、 1EdTech Learning Analytics Framework を利用する場合は Caliper を選択することになりますが、文部科学省の方向性に合わせるのであれば、 xAPI に準拠したデータベースを選択することになります。
とはいえこれらのオープンソースを使わなくても、 xAPI 形式の LRS を独自に構築することも可能です。独自に構築したデータベースでも、 xAPI 形式に準拠すればデータの汎用性は担保できます。
LRS 導入のメリット
LRS 導入のメリットとして大枠では2点ありますが、まず1点目としては、これまでも説明してきた「互換性」です。
学習環境の DX 化で気を付ける必要があるのは、自分たちの学校だけが独自の手法で学習環境を構築し、孤立してしまうことを避けることです。
これからの教育は、より開かれたものとなります。学校の垣根を超えて、自治体などが用意した教材を有効に活用するなど、開かれた環境を用意することが大切になります。こうすることで学習を効率化し、教員の負担軽減に活路を見いだせる可能性があります。
開かれた環境が整えば、教員が不足している地域でもデジタルを活用して授業を実施することができるようになります。
また将来的に、学内だけでなく、地域・国家レベルで学習行動データを利活用できれば、全体の教育レベル向上・効率化に貢献することができるでしょう。
このような観点からも、独自フォーマットのシステムを開発するのではなく、国際的な技術標準を利用することが大切なのは明らかでしょう。
その中でも今回ご紹介した LRS, xAPI は、文部科学省の「教育データの利活用」でも取り上げられている技術標準ですので、少なくとも日本国内ではこれをベースとすることが最適と考えます。
もう一つのメリットとしては、 LRS を活用して、 LMS と別の環境に学習行動データを蓄積できることです。
LMS 内に学習履歴データを蓄積し、分析に利用することもできますが、そうすると学生や教員が利用しているサーバ環境に学習行動データを書き込み、そこから書き込んだデータを読み込むことになります。
LMS には学生が日々学習することでサーバの負荷がかかりますが、そこに大量の学習行動データの蓄積や読み込みが重なれば、学習環境の動作が遅くなったり不安定になったりする可能性があります。
このようなことから、弊社がこれまでに取り組んできたラーニングアナリティクスのプロジェクトでも、 LMS とは別に用意した LRS のデータを活用し、学習環境にできる限り負荷をかけないような方法で、ラーニングアナリティクス環境を構築してきました。
LRS 導入のデメリット
LRS のデメリットとまでは言えないかもしれませんが、 LRS を導入したからといって、学生や教員がすぐにメリットを感じられるものではありません。
将来的には LRS に蓄積された学習行動データを活用して教育環境を改善したり、学習履歴データを可視化して学生が閲覧できる状況にすることで、自己調整学習を促すことにつながるかもしれませんが、 LRS にデータを蓄積する環境を用意した時点では、学生や教員がメリットを感じてくれるような状況にはなりません。
そういった理由で、以前の記事では LRS を導入する前の段階として LTI 化することをお勧めしました。
まずは直接的な利便性を感じられる LTI 化を実施して、その後にラーニングアナリティクスを実現するためのデータ環境( xAPI, LRS )を整える方が、学内を説得しやすいと考えています。
とはいえ教育環境の管理者にとっては、学習行動データが蓄積されることにはメリットがあります。これをもとに、学生の学習行動とその成果への影響を分析、改善策を検討することができるからです。
ただし、この時点ではデータベースを直接分析する必要があり、システムや統計についての知見が必要です。
そこで次回は、蓄積した「データの可視化」について解説したいと思います。
蓄積した必要なデータをグラフ等で可視化すれば、統計やシステムのスペシャリストでなくても、学習行動を分析することが可能になります。
スパイスワークスではこれまでも LRS の構築や、既存教材の LRS への学習行動データの蓄積、 LRS からの読み込みなど、国内でも有数の実績を積んできました。ご不明点やご相談がありましたら、こちらからお問合せいただければ幸いです。
【出典・参考文献】
・文部科学省 教育データの利活用に関する有識者会議(第1回)会議資料:教育データの利活用に向けて(京都大学 学術情報メディアセンター 緒方広明)
・文部科学省 : 文部科学省CBTシステム(MEXCBT:メクビット)について
・1EdTech : Initial xAPI/Caliper Comparison
・文部科学省 : 育成を目指す資質・能力と個別最適な学び・協働的な学び