文系でも理解できる教育DX: LRS 編 (Edtech#6)
教育DX の初回の記事(#57 文系でも理解できる教育DX:ラーニングアナリティクス編)で、ラーニングアナリティクスを実現するための一般的なシステムの構成として、以下のような文章をご紹介しました。
「LTIでLMSや教材・ツールなどをまとめ、LRSにxAPI形式でデータを保持することでラーニングアナリティクスの環境を構築する。」
前回の記事で xAPI についてのご説明を終えましが、今回はいよいよ最後のキーワード。「 LRS 」となります。
#57から今回の記事まで読んでいただければ、上記ラーニングアナリティクスのシステム構成の文章全般をご理解いただけると思いますので、もう少しお付き合いいただければ幸いです。
【 目次 】
- LRS とは
- LRS と LMS の違い
- LRS は縁の下の力持ち
- 学習分析プラットフォームとしての LRS
- LRS を利用すべきかどうか迷った時は?
- Learning Locker と OpenLRW の違い
- LRS の現場で起きていること
- ラーニングアナリティクスを実現するためのシステム構成
LRS とは
LRS は「 Learning Record Store 」の頭文字です。
直訳すると「学習履歴の記憶装置」で、最も簡単に言ってしまえば、「 xAPI 形式の学習履歴を格納するデータベース」のことを指します。
弊社で学習ツールを開発する際に、学習者のログを xAPI 形式ではない形で、SQL などのデータベースに格納する場合もありますが、このデータベースは LRS とは言いません。あくまでも xAPI 形式で学習履歴を格納するという条件があります。
正直、文系的な説明としてはここまでで十分かもしれません。
これ以上語り始めると技術的な話が中心になってしまいます。
とはいえ折角ですので、もう少し細かくまとめてみます。
LRS と LMS の違い
前回の記事でもご紹介したように、 LMS でも SCORM に標準化されたデータを保存することができます(取得できるデータはコースの完了状況や学習の合計時間、スコアなどに限られる)。
このことから、 LMS が LRS に置き換えられるのではないかと考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし LRS には、 LMS のようにユーザーを管理したり教材を配信したりするような機能はついていないのです。
もし SCORM 形式でのデータを xAPI 形式で LRS に保存できる形になっても、 LMS の必要性はなくなりません。
LRS は縁の下の力持ち
学習システムに LRS を入れても、通常は学習者がそれに気づくことはありません。
あくまでも学習行動を記録する場所なので、学習者に直接影響を及ぼすものではないのです。
LRS に蓄積されたエビデンスを活用して、教材や学習環境に変化をもたらすことで、はじめて学習者に影響をもたらすことになります。
学習分析プラットフォームとしての LRS
一部の LRS は 単に xAPI データを格納するだけでなく、ユーザーが格納された xAPI データを活用するための機能も備えています。
これらの機能は LRS の中核的な定義を超えて、レポートやダッシュボード、学習分析、レコメンデーションエンジンなどを含む様々な拡張的な利用を可能にします。
このように、単にデータを保存する以上の機能を持つLRSは、しばしば「学習分析プラットフォーム」または LAP ( Learning Analytics Platform :
ラーニング アナリティクス プラットフォーム )と呼ばれます。
LRS は xAPI エコシステムの心臓部としての重要な役割を果たすのです。
LRS を利用すべきかどうか迷った時は?
「現在利用している学習環境に LRS が必要かどうか検討したいが、どう検討したらいいかわからない」という方もいらっしゃるかもしれません。
ここではあなたの学習環境に LRS が必要かどうか、要件をもとに整理してみたいと思います。
・成績や学習時間をスコアボード化したい
これだけなら、 LMS の機能で十分かもしれません。
・レポートやダッシュボードを表示したい
成績や学習時間だけでなく、学習者が pdf のどのページを閲覧して、どこにマーカーを引いたかなどの詳細なデータを取得したければ、学習履歴を取得する環境を用意する必要があります。
そしてそのログを SQL など通常のデータベースで格納するのか、 xAPI や Caliper などの標準化された形式で格納するのかを検討する必要があります。
・学習行動データを xAPI 形式で格納したい
学習行動データを xAPI 形式のログで格納することに決めたなら、LRS の利用が必要ということになります。
これらの要件を整理することで、LRS、LMS、LAP、またはその他のタイプの学習プラットフォームが必要なのかどうかを特定することができます。
Learning Locker と OpenLRW の違い
学習履歴を格納するデータベースとして、いくつかのオープンソースが提供されています。
その中でも代表的なものが Learning Locker や OpenLRW です。
この2つの違いは、学習ログデータの技術標準によるものです。
Learning Locker は ADL (Advanced Distributed Learning) Initiative の xAPI に準拠しており、 OpenLRW は 1EdTech ( 旧 IMS GLC ) の Caliper Analytics に準拠しています。
データベースにはどちらも NoSQL データベースである MongoDB が採用されています。
※ xAPI と Caliper の違いはこちらの説明をご確認ください。
LRS の現場で起きていること
ここまで LRS について解説しましたが、実際の受託開発の現場では以下のようなニーズが発生しています。
・今まで各教材や各ツール内に残していた学習ログデータを xAPI に準拠した形で LRS に格納するようにしたい
・教材やツールと学習ログデータの格納場所を分けてサーバの負荷を減らしたい
大きく分ければ、「教材の統合などを見越して学習ログを技術標準で残すようにしたい」というニーズと、「サーバ負荷を減らしたい」というニーズのどちらかまたは両方になります。
学習者が実際に利用しているアプリケーションと、レポートやダッシュボードを表示する機能が同じ環境にあると、サーバの負荷が高くなり、動きが重くなる可能性もあります。なぜなら学習のトラフィックと、ログを取得してレポートやダッシュボードを表示するトラフィックの、両方の負荷が同じサーバにかかってしまうからです。
教育環境の向上を目指すラーニングアナリティクスを実現するために、教材の表示スピードが落ちてしまえば本末転倒です。
学習データの活用という観点だけでなく、快適な学習環境を実現するためにも、ラーニングアナリティクスの普及と同時に LRS の必要性は増してくるのではないかと思います。
ラーニングアナリティクスを実現するためのシステム構成
以上をもって LRS についてのご説明を終わります。ここまで6回の記事( #57~#62 )で、以下、ラーニングアナリティクスを実現するためのシステム構成に関する文章全体をご理解いただけるように解説してきました。
「LTIでLMSや教材・ツールなどをまとめ、LRSにxAPI形式でデータを保持することでラーニングアナリティクスの環境を構築する。」
今ならシステムが得意な理系の人たちとも、ラーニングアナリティクス環境の実現について前向きに議論できるのではないでしょうか。
念のため、上記文章に含まれる用語リンクを添えさせていただきます。
・LTIとは
・LMSとは
・ツールとは
・LRSとは
・xAPIとは
・ラーニングアナリティクスとは
スパイスワークスでは教材やツール、ダッシュボード等の開発から、ラーニングアナリティクス環境の構築まで、コンサルティングおよび受託開発のご相談に対応することが可能です。こちらからお気軽にお問合せください。
【出典・参考文献】
・watershed : What is a Learning Record Store?
・atd : What is xAPI?
・xAPI.com : Learning Record Store
・帝京大学におけるラーニングアナリティクス(LA)基盤の検討(渡辺 博芳ら) : 3. 技術的な検討と検証