文系でも理解できる教育DX: xAPI 編 (Edtech#5)
教育DX の初回の記事(#57 文系でも理解できる教育DX:ラーニングアナリティクス編)で、ラーニングアナリティクスを実現するための一般的なシステムの構成として、以下のような文章をご紹介しました。
「LTIでLMSや教材・ツールなどをまとめ、LRSにxAPI形式でデータを保持することでラーニングアナリティクスの環境を構築する。」
前回までの記事で LTI についてのご説明を終えましたので、今回はいよいよこの文章の後半部分。「LRSにxAPI形式でデータを保持する」という部分の「 xAPI 」についてご説明したいと思います。
【目次】
xAPIとは
xAPI とは、最も簡単に言えば「学習経験データを保持するための標準規格」です。
「API」は Application Programming Interface の略で、ソフトウェアシステムが相互に作用しデータを共有するためのインターフェイスを差します。簡単に言えば、システムと他のシステムの間を繋ぐソフトウェアです。
「x」は experience の略で、 xAPI では LMS 内での一部の活動に限らず学習経験全般のデータを保持・取得することができます。
xAPI のデータは「私はこれをしました( I did this )」というフォーマットで経験を記録します。行為者( I )、動詞( did )、目的語( this )を基本として、スコア、評価、言語、その他追跡したいほぼ全てのものを含む様々な文脈データを保持することが可能です。
xAPI に関する ADOBE 社の説明が、これらの内容を簡潔にまとめてくれていますので引用します。
Experience API (xAPI)は、あらゆるタイプの学習経験を記録し、追跡しつつ、学習コンテンツと学習システムを相互に連携させることを可能にする e ラーニングのソフトウェア仕様です。
Learning Manager の xAPI(ADOBE)
ここで紹介されているように、 xAPI では「あらゆるタイプ」の学習経験を記録することができます。
LTIの記事で出てきた「時間」や「成績」だけでなく、例えばデジタル教材にアンダーラインを引いたり、コメントを書いたり、チャットでスタンプを押すなど、ユーザーの多岐に渡る行動をログに残すことが可能です。
SCORM と xAPI の違い
読者の中には SCORM を利用された経験があり、 xAPI と SCORM の違いを知りたい方もいらっしゃるかもしれません。
SCORM は ADL が策定した、 eラーニングと LMS における標準規格です。
取得できるデータは、コースの完了状況、学習の合計時間、スコア、場所などに限られます。
また、データを取得できる範囲も、 LMS 内で行われる学習行動に限られます。
xAPIは「次世代SCORM」として、現在および将来の学習に使用される新しいデバイスと技術をサポートできる、新しい標準化された経験追跡機能として、ADL によってリリースされました。
実際には多くの学習経験が LMS の外で行われることから、 LMS の外で行われる学習経験の取得が必要な場合や、 SCORM では扱えない、より詳細なデータが必要となる場合には xAPI を選択することになります。
ラーニングアナリティクスを実施して一人ひとりのニーズに合わせて学習をカスタマイズするには、スコアや時間だけでなく、学習経験の全体像を把握する必要があります。実際の学習者の行動は、授業に出席し、eラーニングコースを受講し、練習し、本を読み、メンターや友達とコミュニケーションをとり、SNSで共有するなど多岐に渡りますので、 xAPI を活用して幅広く詳細な学習経験を保持することは、今後ますます重要になると思われます。
Caliper と xAPI の違い
学習履歴の取得といえば、 xAPI 以外にも Caliper Analytics が有名です。
まず両者の歴史をたどると、 xAPI は SCORM を策定した ADL が2013年にバージョン1.0を、2016年にバージョン1.0.3を発表したものです。
一方 Caliper は一連の教育DXの記事で何度も出ている ISM Global Learning Consortium (現 1EdTech )が、2015年にバージョン1.0を、2018年にバージョン1.1を発表したものとなります。
この両者の違いについては、 1EdTech のサイトで以下のように述べられています。
CaliperとxAPIは、全く異なる起源を持ちます。 xAPIの中核は、電子的・物理的パフォーマンスを問わず、あらゆるタイプの体験とエビデンスの追跡を可能にするもので、(SCORMの場合と同様に)ウェブベースのコースだけに限定されるものではありません。 Caliper は、1EdTech Learning Analytics Frameworkを具現化したもので、センサーAPIとメトリックプロファイルは、そのフレームワークの最初の2つのコンポーネントです。 採用するにあたっては「どちらか一方」ではなく、「コースに合った」ものを決定すべきです。
Initial xAPI/Caliper Comparison (1EdTech)
今後どちらが主流になるかが気になるところかもしれませんが、それぞれ独自の路線を突き進んでまったく互換性の無い方向に進んでしまうわけではないようです。
上記 1EdTech の記事によれば、 ADL と 1EdTech が、xAPI/Caliper の補完性を説明するホワイトペーパーを作成する、共同研究を実施するなどの可能性を示唆しています。
xAPIの今後
xAPI の今後の活用方法については、文部科学省の会議資料「教育データの利活用に関する有識者会議(第1回):京都大学 学術情報メディアセンター 緒方広明」からも確認できます。
ここでは xAPI の標準規格だけでなくデータのスキーマ(構造)を揃えれば、国全体でデータやエビデンスを共有でき、教育をより良くできるのではないかと述べられています。
確かに、国全体の学習行動を AI が分析し、その結果をもとに自動的に最適な学習グループを割り振ったり、各自の学習段階に最適な教材を提供したりすることができれば、国家の教育レベル向上につながるかもしれません。
もちろん国家レベルの大きな話でなくとも、教育現場や企業研修など、 AI と連携することによって xAPI のデータ活用はさらなる広がりを見せそうです。
xAPI の現場で起きていること
ここまでxAPIについて解説しましたが、 xAPI の受託開発の現場では以下のようなニーズが発生しています。
①今まで個々の学習ツールごとのデータベースに記録していた学習行動データを、 xAPI 標準規格に合わせて記録し、他のアプリとも連携できるようにしたい。
②SCORM で取得していた学習履歴を xAPI に変更して、より詳細で広範囲な学習行動を記録し、ラーニングアナリティクスに活用したい。
③データの保存方法を xAPI の技術標準に変更して、データポータビリティを確保したい。
③の「データポータビリティ」について補足すると、例えばデータ形式が学校によってバラバラだと、学生が転校して次の学校のデジタル教材を利用した時に、今までの学習履歴がゼロになってしまいます。
せっかく学習効果を高めるために取得したログが無くなってしまうのは、学生にとっても転校先の学校にとっても損失が大きいので、標準化された形式で学習履歴を保存して、移行できるようにしようという試みです。
また転校に限らず、学校が別のサービスに移行する場合も、標準化されたデータであれば、今まで蓄積してきた全生徒の学習履歴を失うことなく、再利用することが可能になります。
スパイスワークスが関わらせていただいている教育工学の研究プロジェクトでは、やはり SCORM で取得できるデータだけでは学習行動を分析するのに十分ではありませんので、 xAPI を利用する場合もそうでない場合も、学習行動における詳細なデータを取得しています。
スパイスワークスでは教材やツールの LTI 化やラーニングアナリティクスなどのプロジェクトで、 xAPI を活用した開発に対応していますので、お気軽にご相談ください。
ラーニングアナリティクスを実現するためのシステム構成
今回は、以下、ラーニングアナリティクスを実現するシステム構成を説明する文章の、「xAPI形式でデータを保持する」の部分について説明させていただきました。
「LTIでLMSや教材・ツールなどをまとめ、LRSにxAPI形式でデータを保持することでラーニングアナリティクスの環境を構築する。」
いよいよ残すはあと1点。LRS の説明が完了すれば、上記文章全体をご理解いただけるはずです。ラーニングアナリティクスを実現するためのシステム構成についての理解を深めていただくためにも、次回までお付き合いください。
【出典・参考文献】
・atd : What is xAPI?
・Adobe : Learning Manager の xAPI(ADOBE)
・1EdTech : Initial xAPI/Caliper Comparison
・一般社団法人情報処理学会 情報処理 Vol.59 No.9 (2018.8.15発行) : 《特集》ラーニングアナリティクス:7.ラーニングアナリティクスの国際標準規格(上智大学 田村恭久)
・文部科学省 教育データの利活用に関する有識者会議(第1回)会議資料:教育データの利活用に向けて(京都大学 学術情報メディアセンター 緒方広明)